
1. 「ギリギリ大丈夫っしょ」
颯太くんは、相変わらず楽観的だった。
「まあ、大丈夫っしょ。」
私が「最近どう?」と聞くと、彼はそう答える。
しかし、その言葉の裏には、微妙な違和感があった。
✅ 「大丈夫」と言いつつも、どこか不安がある雰囲気
✅ 本当はこのままでいいのか?と感じている
✅ でも、自分より成績が低い人がいるので「俺はまだマシ」と思い込もうとしている
あるとき、彼はこう言った。
「○○(クラスメイトの名前)は、俺よりヤバいんで。」
(つまり、「俺はあいつよりは大丈夫」ってことか。)
私は、そのときふと思った。
(本当に「大丈夫」と思っているなら、他人と比べる必要はないはず。)
彼は「大丈夫」と言いながらも、実は 「自分より下がいることで安心しようとしている」 のではないか?
2. 先生(あなた)の迷い
私も、正直迷っていた。
「このまま、彼を進学校に残しておくべきなのか?」
確かに、彼の成績は最下層を彷徨っていた。
テストの点数も、特に数学・英語・理科・社会は壊滅的だった。
普通なら、「辞めたほうがいいかもしれない」 と考えるレベルだった。
でも——
私は、彼の中に 「時期が来たら、心が落ち着いて勉強に身が入るタイミングが来るはずだ」 と信じていた。
(今はまだ、その時期じゃないだけ。)
だからこそ、私は彼を無理に追い詰めることはしなかった。
「とりあえず、続けようか。」
そう言って、彼が決断をするまでは待つことにした。
3. お母様の気持ち
お母様も、不安はあった。
「このままで、本当に大丈夫なんでしょうか……?」
何度か、私にそう尋ねた。
私は、お母様の立場を考えると、その気持ちは痛いほど分かった。
学校からは「辞めたほうがいい」と言われる。
成績は下位層を彷徨い続けている。
でも、本人は「大丈夫」と言い続ける。
「……でも、今は静観するしかないですよね。」
結局、お母様も「見守る」以外に選択肢がなかった。
彼に無理やり辞めさせるのも違う。
でも、このまま何もしなくていいわけでもない。
耐えながら、彼が変わるのを待つしかない——
4. 高2の秋、運命の一言
そんな彼が、大きく変わるきっかけが訪れたのは 高2の秋 だった。
それまでの彼は、最下層を彷徨うまま、何とか進級してきた。
テストで赤点を取ることも珍しくなかった。
授業中に先生に怒られることも、日常茶飯事だった。
ただ、それでも彼は 「別に怒られても何とも思わない」 という状態だった。
「まあ、怒られるの慣れてるんで。」
彼にとって、先生たちからの注意は 「いつものこと」 だった。
しかし——
高2の秋、剣道部を引退したそのタイミングで、彼はふとこんなことを言った。
「慶應って、行ける?」
私は、一瞬耳を疑った。
「え?」
「慶應の環境情報、行けるかな?」
今まで「ギリギリ大丈夫っしょ」と言いながら、 最低限のことしかやらなかった彼が、初めて「行きたい大学」の話をした。
(……ここだ。)
私は直感的に思った。
(彼の「時期」が、ついに来た。)
5. 「慶應に行けるかな?」と言った理由
私は彼に聞いた。
「何で慶應?」
彼は、少し考えてから言った。
「なんか……俺、文章書くの嫌いじゃないし、絵も描けるし……」
「環境情報の小論文なら、俺でも戦えるかなって。」
(なるほど。)
私は納得した。
✅ 彼は幼い頃から、絵を描くのが好きだった。
✅ お祖父様の影響で、本を読んできたから、文章を読む力はあった。
✅ 慶應の環境情報なら、小論文が武器になる。
彼は、自分なりに考えた末に 「行けるかもしれない」と思ったのだ。
「行けなくはないよ。」
私は、はっきりとそう言った。
「小論文は武器になるし、英語も単語を覚えれば戦える。」
すると彼は——
「じゃあ、やるわ。」
まるで、ゲームを始めるような軽い口調で、そう言った。
6. 先生(あなた)の対応
この瞬間が、彼の本当のスタートだった。
私は、これまで通り 月1回の指導を続けた。
ただし、これまでとは違い 「受験」を意識した指導 に切り替えた。
✅ 小論文は、慶應の過去問から取り組む
✅ 英単語はシステム英単語のベーシックから徹底的に暗記
✅ 数学は入門問題精講、基礎問題精講義、フォーカスゴールドを使い、理解できる範囲から積み上げ
(やっと、ここまで来た。)
私は、彼の変化を感じながら、改めて彼の可能性を信じることにした。
📌 次回予告: 第9話「慶應の環境情報に行けるかな?」
