
1. ふたたび熊本へ
2週間ぶりの熊本訪問。
電車に揺られながら、私はカバンの中のプリントを確認する。
今回は、前回の「わからん!」問題の復習 からスタートし、その後、新しい問題に挑戦 する流れで進めるつもりだった。
前回、颯太くんは「わからん!」と投げ出したが、時間を置いたらすんなり解けるようになっていた。
(今回も、彼の変化を見ていきたい。)
そんなことを考えながら、熊本の町に降り立った。
2. 「わからん!」のその後
「こんにちは。」
玄関を開けると、お母様が迎えてくれた。
「先生、今日もよろしくお願いします。でも……また荒れないといいんですが。」
私は笑って、「まあ、見てみましょう」と答えた。
部屋に入ると、颯太くんは机に座っていた。
(今日はどんな様子かな……?)
私は、まず前回の「わからん!」問題のプリントを机に置いた。
「じゃあ、今日はこれからやろうか。」
彼はちらっとプリントを見た。
(どういう反応をするだろう……?)
彼は何のリアクションもなく、淡々と鉛筆を取った。
そして、スラスラと問題を解き始めた。
(……やっぱり。)
私は息をのんだ。
(前回、あんなに苦戦していたのに、普通に解いている。)
彼のペンが止まり、「できた」と短く言う。
私は解答を確認した。
「うん、正解!」
「ふーん。」
彼は特に驚く様子もなく、淡々としていた。
(彼にとっては、もう普通にできる問題になっているんだ。)
3. 新しい問題に挑戦
私は次に、新しい問題を用意した。
「次は、これをやってみよう。」
彼はプリントを受け取ると、じっと問題を見つめた。
少し考えて……鉛筆を動かし始める。
私は彼の様子をじっと観察していた。
(どうなるかな……?)
しばらくすると、彼は「できた」と言ってプリントを差し出した。
私は解答を確認した。
(考え方は合っている。でも、計算ミスがあるな……。)
私は彼に伝えた。
「お、考え方は合ってるね! でも、ここだけ計算ミスしてるよ。」
「……あ、計算ミスか。」
彼は大きくリアクションすることなく、淡々と受け止めた。
(これは、少し前なら「もう無理!」と言って投げ出していたかもしれない。でも、今は計算ミスに対して冷静に受け止めている。)
「でも、前より進んでるね! 計算ミスを直せば完璧だよ!」
私はすぐに彼の成長を伝えた。
「……まあ。」
彼はそっけない態度をとったが、どこか満足そうだった。
4. 「わからん!」に対する変化
次に、もう一つ新しい問題を出した。
彼はじっと問題を見つめ、少し考えた。
しかし、途中で鉛筆が止まる。
そして——
「……わからん。」
彼はそう呟いた。
(さて、ここからどうなるか。)
私は彼をじっと見守った。
以前なら、ここで「もういい!」とプリントを破ることもあった。
でも、今日は違った。
彼は「わからん」と言いながらも、まだプリントを見ている。
投げ出さずに、もう少し考えようとする姿勢が見えた。
私は静かに言った。
「うん、大丈夫。落ち着いて一緒に考えよう。」
彼は顔を上げ、少しだけこちらを見た。
「……わからんけど。」
「どこまで分かった?」
「……最初の式は作れる。」
「お、それならすごいじゃん! じゃあ、次にどうするかを一緒に考えてみようか。」
彼はしばらく黙っていたが、やがて鉛筆を持ち直した。
(少しずつ、彼の中で『考える』という行動が増えてきている。)
5. 「できた!」の瞬間
しばらくすると、彼の表情が少し変わった。
「……あれ?」
彼は何かに気づいたようだった。
「これ、もしかして……?」
彼は自分の書いた数式をなぞるように指で追いかける。
そして——
「できた……?」
彼は自分でも信じられないというような顔で、解答を私に見せた。
私は確認し、ゆっくりと頷いた。
「うん、正解。」
「……マジか。」
彼は小さく呟いた。
それは、驚きとも、安堵とも取れるような、不思議な響きだった。
6. 先生(あなた)の確信
私は今回の指導で、彼の変化をはっきりと感じた。
(前は「わからん!」で終わっていた。でも、今は「わからんけど、考えようとしている」)
それは、彼にとって大きな一歩だった。
私はこの指導を通じて、「わからないときに感情的にならず、考える時間を持つことができるようになった」ことを確信した。
7. お母様の反応
指導を終えた後、お母様が少し不安そうな顔で聞いてきた。
「先生、今日の様子はどうでしたか?」
私は笑って答えた。
「すごくいい感じでしたよ。彼はちゃんと考えようとしていました。」
お母様は少し驚いたようだった。
「でも……本当にこの方法でいいんでしょうか?」
「はい。」私は頷いた。
「彼は、確実に成長していますよ。」
お母様はまだ半信半疑の様子だったが、それでも以前よりは表情が和らいでいた。
📌 次回予告:第5話「変わり始めた日常」
